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チャイナ・イン・フォーカス - Number 16
チベット:独裁主義国家との生と死の戦い


2008年3月24日 | 編集:アルバート・サントリ(Albert Santoli)


中国政府による弾圧によりチベット人はこれまで深刻な人権侵害と苦闘を強いられてきた。中国政府によるチベット領域、水や塩などの資源の搾取からは“世界の屋根”として政治、軍事そして経済面での国際的影響を目指す中国の計画が浮き彫りとなっている。

チベット地図

中国のチベット侵略―閉ざされた真実



北京のチベット占領

3月11日、この日は1950年にチベットが中国に侵略された日であり、ラサではチベット人僧侶達が平和を訴えプロテストを行っていた。数日後、この平和のための運動は一転して闘争に変わった。この現状に反してアメリカ国務省が「最も人権侵害が行われている国リスト」から中国を除外したことはまさに驚くべきことであった。この闘争はラサだけでなく、1960年以来中国政府による支配が続き漢人が多数派を占めるシチュアン、クンガイ、ガンツー、ユナンなどの資源豊な地方でも行われ、100人以上の死者と数百人の逮捕者を出した。

3月23日付のワシントンポストで非営利組織カーネギー・エンドウメント・フォー・インターナショナル・ピース役員ロバート・ケイガンは中国を「近代国家らしからぬ独裁政治国家」と批判した。「経済の自由化は中国に民主政治をもたらし、西アジア諸国とその経済協力連合を背負って立つリーダーとしての役目を与えるだろう」と考える西側諸国の政治・ビジネス専門家にケイガンは異議を唱えてきた。「独裁政治国家がどうして民主主義的国際システムに加わることが出来るのだろうか」と彼は反論する。「ロシアも中国も、経済が成長すればするほど、より独裁主義へと権力が傾いてみえる。つまり、経済成長で手に入れた金はチベットや台湾制圧のための軍事につぎ込まれるのだ。例え事が深刻化しても西側諸国が中国を大げさに批判できないのは、彼らが中国の経済力に目を眩ませた物質・拝金主義者だからである。」


メディア操作とインターナショナル・サイバー戦争

3月21日、外国人ジャーナリストを全てチベットから国外追放したのち、中国政府は「愛国心とダライ・ラマ批判を示せ」と国民に訴えた。3月17日、UPI通信社は中国人ハッカーもしくは中国政府によりチベット解放運動を行う組織のサイバー機関が破壊されたことを発表した。このようなサイバー攻撃は以前から中国政府によりセーブ・ダフール連合や異端とされている法輪功グループに対してだけでなく、中国に反対する西側諸国や台湾に対しても行われてきた。

中国政府が“生と死の闘争”と呼ぶヒマラヤ地方への中国軍の侵出は国際社会に様々な異論を呼んでいる。3月23日付のAP通信は、中国がニュース通じチベット民主主義者の“徹底排除”を呼び掛けたことを発表した。「かつてナチス・ドイツが行ったように、私達はプロパガンダの文化的革命を今日でも目撃しているのである。中国は表向き“無実の被害者”を演じているが、裏ではチベット侵略を進めているのである。」


文化の生き残りをかけた暴動

中国政府はチベットでの抵抗運動を「ダライ・ラマに忠誠を占めす分離主義者による陰謀」と呼んでいるが、歴史学者や専門家達はこの運動の背景にあるのはダライ・ラマよりもむしろチベット仏教思想ではないかと察している。なぜなら、ダライ・ラマは1959年にインドへ亡命して以来、チベット国民との直接的交流を行っていないからである。 これまで多くの僧院や仏教文化が圧制される中、何千人もの僧侶や尼僧が殺害されたり思想犯として刑務所や再教育のための収容施設へ送られたりしてきた。その他何千ものチベット人が国を追われ、難民として隣国での生活を強いられている。今日、チベットの僧侶達は社会主義思想教育を課せられている。

チベットの非聖職者達は、彼らがこれまでチベット仏教の伝統の中で育ったのではなく、中国の社会主義思想の中で育ち、またそれを強制的に教え込まされてきたとこを示した。中国政府に対する抵抗運動は、これまで中国政府による過酷な圧制のもとで育ち、中国人として教育され、自らの人生の希望を否定されてきた若いチベット人たちの葛藤の叫びなのである。しかしながら、中国政府はそれらの運動を制圧し続けてきた。平和活動家に対する中国警察や軍隊の残酷な暴力を無視しつづける一方で、中国政府は闘争に巻き込まれ死んだラサの中国人商人を「チベット人に対する憎しみ」と「愛国心」を中国人に示すための“イメージ”として利用し続けてきた。

3月21日付のワシントン・タイムズ『チベット、宗教と真実』という記事の中で、アン・ジェラシモスは中国政府によるチベット仏教迫害の中で育ったデモ参加者について語った。「インターナショナル・キャンペーン・フォー・チベットの副議長ブーチョン・ツェーリング(Buchong Tsering)が懸念したように、有能な僧侶達はみんな1959年に生まれ、そして彼らの世代は亡くなっています。」

3月23日付ワシントンポストのコラム『チベット、戦いとその真の目的』でアブラハム・ラストガーテンは語った。「投獄や拷問、チベット人農地の没収、活動や思想の弾圧などチベットでは明らかな人権侵害が行われ続けています。これらの弾圧に対する不満が爆発し、ラサ蜂起を呼んだのです。しかしここで最も注目すべきことはチベット経済が漢人によって取って代わられたことです。初めラサの数百人の僧侶によって行われていたプロテストが武装闘争になり、そしてチベット人の店員や商人、農夫から生きるすべを全て奪ってしまったのです。」

「彼らは手当たり次第に破壊行為を行っているわけではありません。ラサの旧市街では車が破壊され炎上していますが、ペキン西部の街ではトヨタのランド・クルーザーや豪華なホンダ、アウディーが並んでいます。それらは上流階級のチベット人地域や中国から移民してきた支配階級の漢人が住んでいることを表しています。」

「6年前私が初めてラサを訪れた時、そこは中国からの影響が溢れかえる中でもチベットの遺跡や工芸品が残り、チベット人が大半をしめている大変奇妙な街でした。その後4度の訪問を行いましたが、その度にラサの目まぐるしい変化に全くもって驚かされるばかりでした。例えば人口のことですが、250,000人から500,000人にまで増加しました。一方で中国政府はラサの歴史的街道を次々に破壊していました。また彼らは間に合わせで作ったようなビルや侘しい商店を作り、街並みは一変していました。果物も、タクシー業界も、鉱物も、その他全ての経済を握っていたのは漢人でした。そしてついに2006年7月、喝采と共にソンガイ・チベット鉄道が開通し、チベット人が決して目にすることのない多くの『富』と『発展』がチベットへ流れこんできました。」

2006年10月、中国的教育を受けた若者達や「現代的な」チベット人達がラサの行政管理機関の前で抗議運動を行ったが、これは2008年3月14日のラサ蜂起の前兆であったと言えるでしょう。この時彼らは宗教的迫害や人権侵害ではなく、不平等な国際経済システムを訴えていました。来るペキンオリンピックは恐らくチベット人にとって、そして迫害され続けてきた中国人にとって、中国の劇的な経済成長の恐ろしい影の部分を世界に示す最後のチャンスになるでしょう。そしてこれこそ、チベット人にとっては彼らの民族的・宗教的・経済的故郷が永遠に失われるか否かの最後の闘争なのです。」